2012年 辰年・睦月
●全国(全世界)のみなさん、新年明けましておめでとうございます!
新しい年の幕開け、あけぼの会も気分一新して、新雪の上に第一歩を踏み入れるような震える期待感を持って、自分たちの手で幕を開ける。思えば、1978年以来、私たちはいつも「私たちの前に道はない、私たちの後ろに道はできる」の通り、新雪の上に道を作ってきた。会も若かったので、向こう見ずの強さがあり、燃えたぎる情熱と使命感、そして全国の患者の要望に応えたいというひたむきな信念が大きな力となって、会を起動してきた。
今や、全国に100を越える大小の乳がん患者会があるが、私たちが始めた時は‘汲泉会’という国立名古屋病院の会と鹿児島の相良病院に‘つどい・いずみ’があっただけだった(当時、私が知った限りでは)。あけぼの会はどこの病院にも、特定のドクターにも属さない、誰もが自由に参加できる会にしたかった。だから始めるとすぐ全国あちこちから入会する人がいて、初年度から数県に支部が出来た。どこに住んでいようと志を同じくする人が集まると、そこにまた新しいエネルギーが生まれる。あけぼのパワーの噴出だった。
大阪の泉谷さん、兵庫の東野さん、札幌の常田さん、長崎の岸川さん、福島の菊池さん、みな故人になってしまったが、各県に支部を作ってくれた人たち、まさしく無から有を生み出して、今ある支部の根を植え付けてくれた。私はこの人たちにきちんとお礼を言っただろうか、それが大いなる気がかり。お金も支援もない時代の支部活動は大変だった。今のような支部長会議も開けない時代だったから、全員が顔を合わせることなど夢のまた夢だった。乳がんという一つの共通項で知って結ばれた友愛、みな、私のよき同士だった。
年のせいか、亡くなった人のことをしきりに偲んでいる。これではいけない。リーダーなら、後ろを振り返らず、常に前向きに、未来の進む道を考えなければいけないのだ。しかし、会長の私がすぐに72歳になり(18日)、全国の支部長たちもいい加減の年寄り連、これでは、あけぼの会が老人乳がんの会と思われてしまう。実際にそうなのだ。若さがほしい。富樫さんが生きていれば会長さんになってもらう予定だった。(但し、私はプーチン役という条件だった、彼は昨今不評だが)。リーダーは、やはり50代くらいが適当。
新雪に一歩踏み入れても、雪に足を取られて、引き抜けないのではないか。恥ずかしい。今イギリスに来ているが、この国の女王陛下は84歳とご高齢、でもお顔も美しく、しゃんと背筋もまっすぐ、ハイヒールで闊歩しておられる。目標は恐れ多くもクイーン・エリザベス? とにかく、今年は変革の年と銘打っている。34年も同じ様態では自慢できないだろう。中年女集団はとかく無難こそよかれ主義、で、変革を望まない、か、変革の必要性も感じない。問題意識を持たない、発想の転換がない。会長が一人煩悶している。
津波でさらわれたまま、行方知れずの人がまだ3400人もいるという。なんという数、新年といえど、またしてもここに思いが戻る。日本人なら戻らなければならない。ただ、今年は少しだけ上を向いて生きていく日本になるだろう。あけぼの会もそうしよう、日本女性が更に乳がんから命を守る年、乳がん患者が名誉を守って生きる年にする。会の歴史に画期的な息吹をかける年にしたい。みなさんの愛と励ましと厳しい注文を待っています。
あけぼの会会長 ワット隆子