あけぼの会は多くの企業のご支援を頂戴しています
バックナンバー
2008年01月12日
神奈川支部 講演会(2007.7.8) 渡辺亨先生講演録                                             『乳がん化学療法・きちんと知っておいてもらいたい事』 
渡辺亨先生プロフィール
1955年静岡県生まれ。1980年、北海道大学医学部卒業。
米国留学を経て、国立がんセンター中央病院内科医長に。
日本では数少ない腫瘍内科医であり、この分野では第一人者。
国際医療福祉大学臨床医学センター教授、山王メディカルプラザ・オンコロジーセンター長を務めた後、郷里の浜松市に浜松オンコロジーセンターを開設。
現在は同センター長、渡辺医院院長。
編著書に『がん診療レジデントマニュアル』(編集責任者、医学書院)『乳がん 私らしく生きる』(共著、ライフサイエンス出版)『がん常識の嘘』(朝日新聞社)他。あけぼの会顧問医



きょうは皆さんに特に乳がんの薬物療法、お薬を使った治療について、もう少しきちんと知っておいて頂きたいところが幾つかありますので、そのあたりをお話ししたいと思います。

乳がんの生物学的特徴

まず乳がんという病気について、一番の特徴は生物学的特徴があるということです。
これは我々の観点から見ると、他のがんにはない際立った特徴です。一つは、ご存じのようにホルモン受容体というのがあって、ホルモン療法が効く場合があるということです。
もう一つはHER2タンパクというのが、ちょうど栄養源を取り込む「手」のような形をしていて、ニョキニョキと細胞の表面にはえているという、2つの大きな特徴があります。

<ホルモン受容体>
ホルモン受容体のことをおさらいしますと、皆様方は検査を受けて、ホルモン受容体が陽性・陰性という話はご自分の事として理解されていると思いますが、今一般的に行われている検査方法だと乳がんの約80%が、エストロゲン受容体(ER)又はプロゲステロン受容体(PgR)が陽性です。そしてER受容体、PgR受容体ともに陽性、又はどちらか陽性の場合には内分泌感受性乳がんと呼び、内分泌感受性乳がんに対してはホルモン療法を行うというのが基本になります。内分泌療法と言ったり、ホルモン療法と言ったりしますがこれは同じ事です。
要するにホルモン受容体というのは受け皿です。三日月のような形をしていて、がん細胞の中に存在する鍵と鍵穴のようなもので、かちっと取り込んだ女性ホルモンが、細胞質の中から細胞の核の中に流れていって、そしてDNAと結合して細胞の分裂が始まる、というふうに簡単に覚えておいて頂ければ良いと思います。
ホルモン受容体、こういう三日月のようなものがあるかないかということを、病理の梅村先生などに検査してもらって陽性ならば、女性ホルモンを餌としてパクパク食べていく性格があるということです。
女性ホルモンを餌として、好んで食べるタイプの乳がんに対しては、その餌を取り上げてしまえば、がん細胞は飢え死にするということです。

<HER2>
乳がんの患者さんの約20%はHER2陽性の人。これは先程の80%と20%を足して100%になるというわけではなく、重なりもあるわけです。ホルモン受容体も陽性、HER2も陽性という人もあるので一概に80%と20%を足して100%になるという意味ではありません。
乳がんの患者さんの約20%は、HER2タンパクの過剰発現またはHER2遺伝子の増幅を伴うといいます。このような乳がんはHER2陽性乳がんと呼びます。HER2陽性乳がんに対してはトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)治療を行います。
HER2陽性というのは、がん細胞の表面に「手」のようなものがたくさん出ていて、増殖を刺激する物質をどんどんこの「手」が取り込みます。このように「手」がたくさん出ているがん細胞をHER2タンパク過剰発現といいます。発現している理由は、細胞の設計図である遺伝子の中に、HER2の設計図がたくさん存在しているので、これは遺伝子が増幅しているという言い方をします。この辺りは複雑なので、HER2陰性、HER2陽性というようにとりあえず覚えておいて頂ければ良いと思います。

<病理診断医は不可欠>
乳がんの組織を取って、ER受容体、PgR受容体を染色し、がん細胞の核が茶色く染まっているとER陽性、PgR陽性といいます。そしてHER2を染色して何も色が付いていなかったらHER2陰性ということになります。
さらによく見るとER陽性というのは、がん細胞の核が染まっていて、HER2陽性はがん細胞の表面、周りが染まっています。HER2タンパクは、ちょうど細胞を縁取りするようにがん細胞の表面に存在するのです。
これは我々も毎日見ているのではなく、病理の先生が陽性とか陰性とか判断をして、レポートを出してくれます。そしてこの病理のレポートを見て、患者さんの乳がんはHER2陽性とか、ER陰性とか診断をするわけです。ですから病理の先生の協力が必要で、病理医が一緒に診断に携わっている病院でなければ、乳がんの診断も治療も何も出来ません。
病理の診断というのも梅村先生からお話を聞いた、あるいはこれからお聞きになることもあると思いますが、とても重要です。チーム医療という言葉を皆さんよく耳にすると思いますが、皆さん方の目の前に現れるのは外科医であったり、腫瘍内科医であったり、看護師であったり、場合によっては薬剤師ですが、表に出てこない病理診断医というのは不可欠です。病理の先生の診断に基づいて治療方法を決めて行きます。
特に乳がんの場合は、今までお話したように生物学的特徴があり、バラエティに富んでいて多様性があるので、一人一人の患者さんに、この人の乳がんはどういうタイプ、だからどういう治療をするということを決める上で、病理診断医は不可欠になります。

<乳がんの顔つき・グレード>
がんのグレード、がんの顔つき、がんの性格、がんのタチ、おまえのタチが悪いとか性格が悪いとか、自分のことを言われているように途中から感じてしまうことがあるかも知れませんが、一言で乳がんといってもタチの悪い乳がん、タチの良い乳がんというのがあります。これも又、がんの多様性ということです。
乳がんというのは約9割は乳管から出て来ます。乳管は竹輪みたいなもので、筒になっていて、乳管の上皮細胞が一列ぐるりと囲んで管を作っています。竹輪の輪切りが見えていて、基本的な構造は保たれ、正常の乳腺の組織にやや近い形をしているのがグレード1、そして竹輪の構造も何もなくて、細胞の核がぐりぐりと目玉のように見えたり、濃く染まっていたり、双子の卵が割れて出て来たような、今まさに細胞が2つに分裂したものがたくさんあるのがグレード3になります。
これは、手術で乳がん組織を取って、ホルマリンの固定液に浸けて調べます。つまり時間よ止まれと言った瞬間に、たくさん分裂しているということです。瞬間的に見て、たくさん分裂しているということは、がん細胞がどんどん増えているタイプということになります。ですから術後に、顔つきが悪いとか、タチが悪いと言われた場合には、グレード3であったということになります。
グレード1というのは非常におとなしいタイプで、正常の乳腺に近い性格を持っているという生物学的特徴があります。グレード1はホルモン受容体が陽性の可能性が高く、グレード3はホルモン受容体が陰性の事が多かったり、HER2が陽性という可能性が高いです。ですからHER2陽性とホルモン受容体陽性というのは、逆の関係にあります。それもちょっと覚えておいて頂ければと思います。

<早期発見・早期手術の幻想>
がんが小さい段階で見つかったものをイコール早期といいます。しかし腫瘍が小さいことは必ずしも早期というわけではなくて、小さくてもタチの悪いがんとか、3p〜5p位の大きなしこりがあっても割とタチの良いがんもあります。タチが良い、悪いというのは要するに飛び散って行きやすいか、転移しやすいかということの一つの現れです。
たとえば5〜6年前から2p位の大きさのしこりがあり、気にはなっていたけれども放っておいたというようなタイプ、そういう場合には比較的ゆっくりゆっくり増殖するカメようなタイプであって、場合によっては先程のグレード1とかホルモン受容体が陽性の性格を持っていることが割と多い。
逆に1〜2ヶ月前は何もなかったのに、最近自分で胸を触ってみたらしこりが感じられ、ここのところ急に大きくなってきているようだ、という増殖の速いウサギのようなタイプの乳がんもあります。ですからウサギ型なのかカメ型なのか、非常に多様性があるということでがんの性格が様々なので、その性格に合わせてきっちり治療方法を組み立てていかなければいけない、というのが乳がんにとってはとても重要なわけです。
増殖が速く、早い時期から転移を来してくるような「全身型」の乳がんもあれば、増殖が遅く遠隔転移をまったく生じないような「局所型」の乳がんというのもあります。ですから一概に全ての患者さんに化学療法、抗がん剤治療が必要というわけでもありません。手術をしても余り意味がないくらいに、全身に早くから転移をしている場合があります。そういう場合には全身的な治療を先にやったほうが良いということもあります。
一人一人の患者さんの乳がんの性格をまずきっちり見極めて、どういう性格の乳がんであるかということに基づいて手術、放射線照射などの局所治療と、抗がん剤、ホルモン治療、ハーセプチンなどの全身的な治療を上手に組み合わせて総合力でがんをやっつけていくということです。

この辺りの大体の概略について何かご質問はありますか?

Q.グレードが変化するということはないですか?
  たとえば針生検で取ったときはグレード1でしたが、手術したらグレード3でしたと
いうようなこと。
 
A.たとえば場所的にグレード1の所とグレード3の所が入り交じっている場合があります。その場合には一番高いグレード3の判定をするだろうと思います。後で梅村先生教えて下さい。たとえば針生検をしてグレード3だったということで、抗がん剤治療を6ヶ月位やったとします。するとどちらかというとタチの悪い部分というのは抗がん剤に対して感受性が高いので、タチの悪い部分が全部消えてしまって、タチの良い部分だけが少し残るというような事もあります。梅村先生お願いします。
(梅村先生)渡辺先生がご説明された通りで、がんは基本的には皆同じような顔つきですけれども、一部にはちょっと顔つきの違うのが混ざっていることがあります。針生検で取られた場所と手術材料とが多少グレードが違うとか、再発したときに多少顔つきが変わるとか、あるいは抗がん剤が効きやすいタイプのがんだけが無くなって、手術の前に抗がん剤をやった場合には、手術材料で多少グレードの低い乳管内病変だけが残っているということはあると思います。

Q.局所型と全身型があると教えて下さったのですが、たとえば局所型というのは時間が経つとやがて転移するというものですか?それとも放っておいてもずっと局所型ですか?

A..今まで大きさと早期だというのが比例していると考えられていましたが、そうではなくて局所型のものは、放っておいても局所に留まっていて、転移しにくいというのもあるし、ただそれを更に放っておいたら途中で様変わりして、悪いタイプのものに変わっていくという事も無い事はないです。ですから大きさだけで早期とか進行期と決める必要はない。たとえば5pのものでも以前から局所に留まっていて、5年〜10年位経って5p位になったけれど全く遠隔転移を伴わない、というようなものもあるので、一概に大きさだけで決めるのは正しくない場合もあります。ただマンモグラフィなどを行って検査をし、石灰化などで浸潤していない状態で見つけるということは大切です。そして浸潤していない物が放っておいて浸潤しないままでいる可能性もあるし、そこから浸潤して外に広がっていく可能性もあるので、見つかったものを放っておいて良いという話ではないです。大きいからといってすごく進んでいるという話でもないということです。非常に多様な性格を有しているというふうに考えた方が良いということですね。

Q.先程大きさだけではないというお話でしたが、ステージを医者に教えて頂いた時に、しこりの大きさと、リンパにどの位転移しているかということでステージが出るわけですけれど、リンパ腺を通さないで直接血液から転移が起こるというケースもあると思います。リンパ腺にどの位来ているかというのが予後の予測材料になるのでしょうか?リンパも多様性があるのでしょうか?

A.そうですね。予後因子というのを後でお話ししますが、どれくらい遠隔転移を伴っているかというのを知る上で一番重要な情報はリンパ節です。それでステージというのは皆さんTNM分類というのはご存じだと思いますが、Tは腫瘍の大きさ、Nは腋窩リンパ節に転移があるかどうか。これは大文字で書いた場合には顕微鏡で見てという話ではなく、細かな検査をする前に臨床的に見て、たとえば脇の下のリンパ腺が腫れているか腫れていないかという辺りで判断します。Mは遠隔転移の有無です。
ステージは0期〜W期まで8つに分類されます。原発巣の腫瘍がどういう状態か、脇の下のリンパ節転移がどういう状態か、他の臓器に転移があるか無いかという組み合わせでもって、どういう治療すなわち全身的治療が積極的に必要なのか、それとも局所的で良いのか、さらに温存手術が出来るのか、乳房切除しなければいけないのか、病期の広がりに応じて治療の選択をするためにステージを決めています。
これには生物学的な特徴が何も含まれていません。ですからただ単に広がりということだけで判断をするのではなくて、生物学的な特徴の方が重要かも知れないということで、今日はこの生物学的な特徴の話から始めているわけです。
それからリンパ行性転移というのと、血行性転移という転移の仕方には、リンパ管に入り込んでいって脇の下のリンパ腺でとりあえずトラップされて、フィルターで引っかかってそこで転移がありと見つかる場合もあれば、直接毛細血管に入って肺に転移する場合もありますが、リンパに入りやすいというのと、毛細血管に入って血液に入って転移していくということは大体相関します。ですからリンパ節転移の数が多いという場合には、タンポポの種のような微小転移を伴って、他の臓器に転移の目が存在する可能性が高い。腋窩リンパ節の転移がある患者さんは全身にがんが広がっている可能性があるので、より抗がん剤治療をしっかりやらなければいけないとか、ホルモン剤治療も長くやらなければいけない場合もあるという判断につながるわけです。よろしいでしょうか。

<消化器・一般外科医>
今のような生物学的な特徴というのは、専門家の間では当たり前のように考えられています。しかし昔はそうは考えられていませんでした。外科の先生がいらっしゃるので「あいつ又言っている」と言われるかも知れませんが、皆さん方の中には乳がん専門の先生に治療を受けている方が多いと思います。しかし乳がんを必ずしも専門としていない「消化器・一般外科医」という肩書きを持った先生がいらっしゃいますが、我々はこの先生を「消一君」と呼んでいます。「消化器・一般外科医」の立場で、僕は胃ガンが専門とか、大腸の手術をやりたくて消化器一般外科にいったという医者で、乳がんのことは分からないけれど、乳がんもやっているという外科医がいます。
「消化器・一般外科医」の立場で乳がん診療に携わっている外科医の中には、あまりこの生物学的な特徴に興味を示さず、目に見える物はメスで切り取ろう、とにかく手術が必要であると考えている人もいます。そういう人達に対して正しい治療を勉強して貰いたいと教育するのも我々の役目なので、あえて過激な表現を使うと、外科医もむきになって「よし勉強してやろう」ということになり、患者さんのために良い医療を行うようになって来ている、という実例もあります。
ですから、本心はこんなに過激ではありませんが、患者さんを守るためという大義名分で「消化器・一般外科医」を「消一君」という呼び方をしています。

ハルステッドとフィッシャー

学問は時代と共に進歩していて、新しいことが分かって来ました。1852年に生まれたウイリアム・ハルステッドという米国の外科医、この方は非常に立派な先生で、米国の大学における外科学教育に携わっていました。当時は細菌学というのはそんなに進歩していませんでしたが、無菌手術とか鼠径ヘルニアの手術とか乳房切除術など多くの手術方法を確立した先生です。
乳がんの術式のうち、この先生の名前をとったハルステッド手術と呼ばれる方法は、かつては定形乳房切除術と呼ばれていてスタンダードな手術法でした。それは乳房と大胸筋、小胸筋、脇の下の軟部組織をまとめて全部一塊にして切除する方法で、20世紀前半の標準的な術式と考えられていました。
ハルステッドがこのような手術を考えた理由は、乳がんはまず局所皮膚からリンパ節に転移し、次に遠隔臓器に転移していく。つまり原発巣・最初に出来た部分、局所・脇の下のリンパ節、領域・そのもう少し上、そしてさらに遠隔というように、ホップ・ステップ・ジャンプと、丁度水面に水の輪が広がって行くようにだんだん広がっていくと考えられていました。先程の病期という概念はまさにこのハルステッド理論に基づいて、だんだん広がっていくから小さい範囲で見えていても、なるべく広い範囲を取っておく必要があるということで、昔は筋肉も合わせてまとめて取るようなことをしていました。
ところが広い範囲の切除をしても、しなくてもあまり変わらないということが1970年代以降に分かってきました。どういう事で分かってきたかというと、自然に分かったわけではなく、別の偉い先生がいたわけです。バーナード・フィッシャーという先生で、この先生は1918年生まれで現在もご健在です。日野原先生と同じような雰囲気で、とてもお元気です。
フィッシャーも米国の外科医です。NSABPという臨床試験グループで、臨床試験を行いながら数々のデータを出してきました。たとえば先程のハルステッド手術をやっても胸筋温存乳房切除術をやっても、ランダム化比較試験をしたら成績が変わらなかった。だから広い範囲を取る必要は無いということが分かってきました。
さらに胸筋温存乳房切除術と乳房温存術を比較したところ生命予後、5年・10年経った生存率というのが変わらないということが分かってきたので、広く取っても意味が無いということになり、乳がんというのは、今まで考えられていたハルステッド理論ではなく、別の理論で考えないと駄目だろうということになってきました。
更にこのバーナード・フィッシャーらのグループは手術だけ行った場合と、手術の後に抗がん剤治療をやった場合、抗がん剤をやったほうが再発率が低いし、生存期間も長く生存率も高い、つまり治癒率が高くなるということが分かってきました。その他数々のランダム化比較試験をやって、きっちり・きっちり・きっちり検証して、より良い治療法を今解明している最中です。
フィッシャーはとても偉い先生ですけれど、日野原先生の切手が無いのと同じように、未だ切手はありませんが、そのうちひょっとしたらノーベル賞を貰えるのではないかと思うくらい立派な仕事をしています。
今まではハルステッド手術を皆受けなければいけなかったのが、フィッシャー理論により化学的な根拠を持って、患者さんに温存術で良いです、又は抗がん剤治療をやったほうが良いですよと自信を持って薦める事が出来るようになりました。
このフィッシャー理論というのは先程のホップ・ステップ・ジャンプという考え方ではなく、乳房に生じたがんは基底膜を破るや否や、つまり浸潤がんになるや否やリンパ節、遠隔臓器に同時期に転移する可能性があるということです。こういう性格を持ったがんは先程のウサギのような性格で、原発巣からいっぺんに転移巣が形成されるというようなこともあります。そして転移病巣というのは手術の段階で、すでに存在する微小転移として病状の早期より存在する。ですから早い時期からの全身的な治療、つまり術前・術後の抗がん剤治療などが必要になってくるということが、フィッシャーのいろいろな研究によって確立されてきた理論です。

初 期 治 療
<局所型と全身型>
突き詰めると乳がんと診断された段階では、局所疾患でお乳の所だけにしこりがあるのか、それとも全身疾患で微小転移を伴っているのか、極限すればどちらかです。
診断がついた段階であなたは局所疾患です、あなたは全身疾患です、ということが確実に分かればそれに越したことはありませんが、そこがまだまだ医学が十分に進歩していないところで、「微小転移を伴っている可能性があります」とその程度にしかまだ言えません。中には「微小転移は絶対ないですから手術だけで絶対大丈夫です」と言える患者さんもいることはいます。非浸潤がんの極めて小さい段階で見つかったり、マンモグラフィの石灰化だけで見つかった場合というのは、局所疾患だけだから余分な抗がん剤治療はやらなくて良いですよと自信を持って言えます。
我々腫瘍内科医というのがしばしば誤解されて「渡辺君はケモ(抗がん剤)が好きだね」と良くいわれる事がありますが、決して好きではありません。やらなくて良いのだったら髪の毛が抜ける、気持ちが悪くなる、などの副作用を伴った抗がん剤治療は出来ることならやりたくありません。
どういう人が抗がん剤治療が必要かということを見極めて、局所疾患の患者さんなのか、全身疾患の患者さんなのかということを常に意識しながら、抗がん剤治療はなるべくやりたくないけれども、必要ならばきっちり副作用が出ないような形で、副作用軽減策を伴って一緒に行いながら抗がん剤治療をやっていきます。 

<予後因子と予測因子>
「局所型」なのか「全身型」なのか推測する判断の根拠として、腋窩リンパ節転移の有無、腋窩リンパ節転移の個数、グレード、ホルモン受容体、HER2、脈管浸襲、などの予後因子というのがあります。
予後因子(Prognostic Factors)とは、ある時点から先の再発、死亡など、病気の自然史を推測する因子です。一方、予測因子(Predictive Factors)というのは、ある特定の治療の効果を推測する因子です。ホルモン受容体陽性の患者さんにはホルモン療法が効く、HER2陽性の患者さんにはハーセプチンが効く、というふうに治療効果を予測する事の出来る因子、情報を予測因子といいます。

<外科医と内科医 考え方の相違>
乳がんと診断がついた段階で、我々内科医と外科医の考え方の違いがあります。初期治療では、外科の先生はメスで取るという技術を持っているので、可能な限り「手術で取る」という考え方をします。薬物療法をよく勉強している外科医もいますが、多くの外科医は、自分はメスで生きて行きたいという本能があるので、「手術で目に見えたものは全部取った」といって、「薬物療法は非力」という考えを持っています。
一方、内科医は「手術の限界」を分かっているし、微小転移とか生物学的な特徴ということも含めて、「きっちりとした薬物療法で微小転移を撲滅する」ということが、初期治療の段階では重要である、微小転移が存在する可能性のない人には、無駄な薬物療法は行わなくて良いという考え方を持っています。
次に転移再発した場合、外科医はどのように考えるかというと、自分の持っている技術では届かない範囲にがんが及んでいっているので、「薬物療法を徹底的にやって治療しましょう」という話になります。
ところが転移再発後の治療というのは、実際に転移再発した患者さんにとっては、とても辛いメッセージかも知れませんが、最初から治癒する事を目標にして治療していくというものではありません。まず「QOLの改善を目指す」ということを考えていくのが治療の目的です。
ですから転移再発後の治療の場合には、抗がん剤の使用量を大幅に減らして副作用が出ない形で、少しでも確認できる効果が出ているのだったら、その効果を続けるように、抗がん剤の量を減らして続ける場合もあります。
がんの初期治療の目的は、完全な治癒です。ですから中途半端にお薬の量を減らすということはしません。決められた量、効果があると確認されている量、回数をきっちりこなします。これは患者さんにとって「副作用が辛いのでやめて下さい」という事もありますが、それでもやっぱりきっちり治療はしなければいけない、という姿勢で臨みます。

<微小転移・初期治療の重要性>
外科医の話で「手術で取り切れたのですが、念のため抗がん剤治療をしましょう」という話はよくあります。しかしこれでは「手術で取り切れたのなら私は抗がん剤治療はいいです」といって、抗がん剤治療を受けようとしません。実際に手術で取り切れるというのもありますが、その場合は乳がんでいえば非浸潤がん。消化管、胃ガン、大腸がんでいえば上皮内がんだけは、自信を持って手術で取り切れたといえます。
しかし、わずかなりとも浸潤部分があるがんの場合には100%手術で取り切れたということはなかなか言えません。「すべての浸潤がんは目に見えない微小転移を伴う可能性がある」ということです。その可能性が5%なのか、30%なのか、80%なのかというのは、これは例えが良いかどうか分かりませんが、降水確率みたいなものです。
今日の降水確率は30%といわれたら傘は持って行かなくて良いかなという人もいるし、降水確率80%といったらほとんどの人が傘を持って行きます。それと同じように微小転移の可能性が5%ですといわれた場合に、95%大丈夫なら私は抗がん剤治療はやりません、という判断も正しい判断です。ただ5%というのが何を根拠に出て来た数字であって、何を意味するかというのは、しっかり理解しておかないといけないわけです。
術後の治療というのは、微小転移を相手にしています。微小転移というのは、タンポポの種のように、風に吹かれて遠くの土地に飛んで行って、そこに落ちているけれど目に見えない。翌年の春になって、花が咲いて初めてここまでタンポポの種が飛んできたのが分かる、というようなものです。
原発巣がタンポポだけだったら取ってしまえば良いわけですが、綿毛を飛ばしている状態では、他の臓器に微小転移が存在する可能性が高い。その場合には、原発巣を手術で取っただけでは駄目で、微小転移に対して何らかの手だてをしなければいけない、ということで薬物療法を行います。
薬物治療をするかしないか、何故しなければいけないのか、その目的はなんだろうか。そしてどういう薬剤の組み合わせを選んでいくか、という事を考えていきます。薬物療法をどうするかと決める根拠は、病理予後因子の中にあります。
結局、臨床医が術後の患者さんに抗がん剤治療、あるいはホルモン剤治療をやるかどうかということを決めるうえでの情報というのは、全部病理診断から来ます。これは顕微鏡で見て決める話であって、手術の件数が多い割に病理医が少ない病院というのは、病理診断までの時間がすごくかかり、1ヶ月2ヶ月後に情報が出て来る場合もあります。でも一般的には1週間内外で基本的なところは情報として出て来ますので、薬物療法をどうしようかというのは遅くとも1ヶ月以内くらいには決めることが出来ます。
微小転移に対して何らかの手だてをしなければ、手術後数年から数十年の間に出先でがんが増殖して、それが転移として診断されるわけです。
しかし微小転移の段階で花が咲く前に撲滅しておけば、がんを治すことが出来るということです。ですから完全に治癒を目指すのだったら初期治療の段階できっちりとした治療をしなければいけないということになります。

<浸潤>
浸潤についてもう一回おさらいをしたいと思います。乳管は竹輪みたいなもので、筒になっています。乳首から放射状に乳腺が15〜20個位並んでいて、それが乳管という管で乳首までつながっています。その乳管の上皮の細胞が、がんになってどんどん増えていきます。増えていっても外側の基底膜という、竹輪でいえば茶色い膜の部分を破らなければ非浸潤がんというわけです。こういう段階であったら手術だけで完全治癒することは出来ます。この段階というのは時期的なものという事もありますが、がんの性格からいって浸潤しないタイプ、竹輪の壁の中だけで増えていくようなタイプ、というのもあるので、そういう場合には全身的な抗がん剤治療というのは必要ありません。
ただひとたび基底膜を破って、あるいは基底膜を破ったその先に存在する毛細血管とかリンパ管の中にがん細胞が入り込んでしまうと、そこから先は、ちょうど犯人が高速道路に乗って逃げていったようなもので、どこに行っているのかわからない。遠隔転移を来してくる可能性が存在します。ですからこの先のリンパの流れに乗ってリンパ節にいった場合には、リンパ節転移が何個陽性ということで、全身に回っているがんの存在を推測する事が出来るわけです。これも病理の先生が顕微鏡で見て、脈管浸潤が多いとか非浸潤がんだから多分大丈夫でしょう、という病理の先生からのレポートで我々は知ることが出来ます。

<術後薬物療法の目的>
術後薬物療法の目的は、「再発の予防」と一般的にはいいますが、実は再発を予防するけれども、「微小転移の撲滅」をして再発が表に出てこないようにする、というのが実際の正しいところです。再発の予防という観点からいえば、手術あるいは放射線照射を行うという事もその目的は同じです。初期治療の段階でがっちり治療をして、そこでしっかり治す、というのが再発予防の目的ということになります。
そして仕組みとしては微小転移を撲滅することになるわけですが、何分にも闘う相手が目に見えないだけに、可能性としてどうということは言えるけれども、非常にやりにくいわけです。

<臨床試験結果に見る術後化学療法の効果>
先程のバーナード・フィッシャーらが臨床試験をして、術後に薬物療法をした方が良いというデータが出たということをお話ししましたが、それは抗がん剤治療が良いか悪いか分からなかった今から30年くらい前に、手術した患者さんの協力を得てランダム化比較試験を行いました。
これはランダム化割り付けといって、自分で選べるわけではなく、抗がん剤治療を行うグループと行わないグループ2つに分けます。その試験で次のような結果がでました。
手術後5年の段階で、抗がん剤なしの患者さんは35%再発しました。抗がん剤治療を受けた人は再発率が20%位に抑えられています。さらに10年経った段階では、抗がん剤なしの患者さんは60%の方が再発していますが、抗がん剤治療を受けた方は再発率が33%位に抑えられているという結果が出ました。このような結果が出た事により、我々は抗がん剤治療を行うことによって再発率を60%から33%くらいまで抑えることが出来るというふうに考えます。
抗がん剤治療を計画する段階では微小転移があるかどうか分からないわけです。可能性として微小転移が存在し、将来再発してくる可能性があるので抗がん剤治療を行いますが、抗がん剤治療を受けて頂ければ100%再発が防げるか、というとそうでもありません。 
私は抗がん剤治療をやったから再発しないとおっしゃっている方の中には、実は抗がん剤治療をやっていなくても再発しなかったかも知れないということもあります。つまり両方の方向に常に不確実性があるわけです。
これから乳がんの予後因子、予測因子の研究がどんどん進んできて、微小転移がないということが完全に分かれば、抗がん剤治療の必要は全くないわけです。微小転移があるという方の中で、感受性がなくお薬が効かないということが最初から分かっていれば、抗がん剤治療による恩恵がないので、無駄な抗がん剤治療になるからやめましょうということになります。そして微小転移があり、しかも薬物に対する感受性があってお薬が良く効くという方は、抗がん剤治療をやってよかったということになります。
それぞれ自分が何処に含まれるかという事が分かればそんなに楽なことはないです。それが分からないので、ある人にとっては実は全く無駄な抗がん剤治療をやっていたということもあります。抗がん剤治療をやっても効かなかったという人もいるし、やって良かったという人もいるわけです。

<術後薬物療法理解のための3点セット>
この不確実性ということをどうにか理解して貰いたいと思って色々な工夫をしていますが、要するに次の3つのポイントを担当医がしっかり判断し、それを患者さんに正しく伝えて、患者さんも理解できれば、抗がん剤治療を私はやりますとか、私はやめておきますということが判断できるわけです。
 
1)ベースラインリスク……手術単独の場合、どれくらいの再発リスクがあるか。
これは降水確率と同じで、降水確率5%といったら雨はほとんど降らないと同じように、再発の可能性が5%位ありますといったら、それはほとんど0に等しいということです。ただ5%でも再発のリスクがあるのだったら、どうにかそれを3%・2%に下げたいとお考えになる方もいらっしゃいます。そういう場合には、95%大丈夫だけれどもさらにそこで抗がん剤治療を受けて98%大丈夫、99%大丈夫としたいという希望がある方は、一生懸命頑張って治療を受けてもらえばいいわけです。逆に6割再発するという可能性があったとしても、4割再発しないなら私は抗がん剤治療は受けませんというのも患者さんの選択ですから、そういう選択もあり得ます。まず、ベースラインリスクとしてどれくらい再発の可能性があるかということを知る事です。

2)リスク抑制……術後に薬物療法をやれば、再発リスクはどれくらい抑えられるか。
次の段階としてホルモン剤治療なり、抗がん剤治療なり、ハーセプチンをやった場合に再発リスクがどれくらい抑えられるか、完璧に抑えられて再発のリスクが0になるのだったら皆さんやります。半分くらいに再発のリスクを抑えることが出来ますとか、2/3まで抑えることが出来ますという場合もあるので、どれくらい再発のリスクを抑える事が出来るのか、しっかり理解する必要があります。

3)ハーム……術後の薬物療法には、副作用、費用、不便など、どのようなデメリットがあるか。
再発のリスク抑制効果を得るための代償として、副作用がどうだろうとか、お金も掛かるだろうし、病院に通院や、入院しなければいけないというようなマイナスの面もあります。ですからリスク抑制というプラスの面とマイナスの面を天秤にかけて、これくらいの副作用だったら頑張ってやりましょうとか、そこまで辛いのだったらやめてほしいとか判断をします。
ただその場合に常に目に見えるもの、あるいは感じられるのは副作用などのハームだけですけど、そのハームの裏側には常に再発抑制が得られるか、ということもしっかり理解した上で抗がん剤治療を続けるか、やめるかということを考えて行かなければいけないわけです。

ザンクトガレン 2007

患者さんに情報提供する上でどれくらいの再発リスクがあるとか、ホルモン剤を使った方が良いとか、抗がん剤治療をやった方が良いとか、いうようなことをお話する際に、専門家の間でも意見はかなり異なります。国や専門家によって大きく意見が食い違っては良くないということから、国際的に専門家が集まって、こういう患者さんにはこういう治療をしましょう、ということを取り決めるのがザンクトガレンの会議です。
2007年3月にザンクトガレンの会議があったのでそのことについてお話ししたいと思います。ザンクトガレンというのはスイスの東のはずれにある小さな町です。参加数は4500名以上、かなり大規模な国際会議で、4日間に渡って乳がん治療の最先端の情報の意見交換をして、どういう点が標準的な治療かということを話し合います。いろいろな発表があった後、3日目から薬物療法の話になります。化学療法と標的治療、つまりこれが今「ターゲットセラピー」というような言い方で、乳がんのみならず大腸がんや肺がんなどでも非常に注目を浴びています。
標的というのは何かというと、乳がんでいえばホルモン受容体とかHER2タンパクになります。標的を狙えば良いということが分かれば、そこだけを狙っていけばいいわけです。たとえば地下鉄サリン事件はサリンをぶちまけて善い人も悪い人も(悪い人はいませんでしたが)狙ったわけです。国松長官狙撃事件、あの場合には国松長官だけを狙って射撃したわけです。それと同じように、アドリアマイシンやタキソールなど、いわゆる抗がん剤は、毒をぶちまけるようなもので、がん細胞もやっつけるけれども正常の細胞もやっつけてしまいます。
ホルモン療法、あるいはハーセプチンなどは、標的だけを狙うのでそれ以外の標的を持っていない正常な細胞には悪い影響は出ない。今までの主流であった化学療法とよばれる副作用が強い薬剤と、標的治療(ホルモン療法やハーセプチン)をどういうふうにうまく使い合わせていくかというのが、薬物療法の中心の話題になってきます。ですから今日のお話もまず生物学的な特徴というところからお話ししたのはそういう理由で、可能な限り生物学的な治療、可能な限り標的治療を行う、ということが今の流れです。
最終日にコンセンサス・カンファレンスというのがあります。コンセンサスとは、意見の一致とか合意、総意という意味です。コンというのは「共に」、センスというのは「感じる」ということで、みんなで意見を一致させていきましょう、ということです。
治療方法を決定する際に、レベルの高いエビデンス(根拠)があれば、エビデンスに基づいて決めます。しかし全ての領域項目で、レベルの高いエビデンスが揃っているわけではありません。そういう場合には、我々のような専門家の大多数の意見を尊重して、標準的な治療を決めていきます。(この会議のパネリストとして渡辺先生は日本人として初めて参加されました。)

<ザンクトガレン2007  リスクカテゴリー>
低リスクの人は局所疾患で、全身的な転移を起こしている可能性は極めて低い人。高リスクの人は転移の可能性が高いと見ます。我々乳がん診療に携わる医師もこのリスク分類、低リスク・中間リスク・高リスクを考えて治療していきます。

低リスク
・腋窩リンパ節転移陰性で以下のすべてに該当する症例 
 病理学的腫瘍径2p以下 
 グレード 1 
 腫瘍周囲の広域な脈管浸潤がない 
 HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅がない 
 ER and/or PgR 発現あり  
 年令 35才以上

中間リスク
・腋窩リンパ節転移陰性で以下のいずれかに該当する症例 
 病理学的腫瘍径2pを超える 
 グレード 2,3 
 腫瘍周囲の広域な脈管浸潤がある 
 ER、PgR共に発現なし 
 HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅がある 
 年令 35才未満

・腋窩リンパ節転移1−3個陽性で以下のすべてに該当する症例
 ER and/or PgR 発現あり  
 HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅がない

高リスク
・腋窩リンパ節転移1−3個陽性で以下のいずれかに該当する症例 
 ER、 PgR共に発現なし 
 または HER2タンパク過剰発現/遺伝子増幅がある

・腋窩リンパ節転移4個以上陽性

<ザンクトガレン2007 治療方法選択の基本的な考え方>
再発のリスクが、低リスク・中間リスク・高リスク、そしてHER2が陰性の患者さん、HER2が陽性の患者さん、その中でホルモン受容体が陽性か陰性かということで見ると、次のように分類出来ます。

Download 予後因子・予測因子再発リスクに基づく24病型分類 (30KB)

 
この分類で、E(エンドクリンセラピー)はホルモン療法だけ、C(ケモセラピー)は抗がん剤だけで良いですよという患者さん。C→Eは抗がん剤の後ホルモン療法をする。
中間リスクでEが上に来て、C→Eが下にあるときは、ホルモン療法だけ、あるいは抗がん剤の後、ホルモン療法でも良いです。でもホルモン療法が上にあるので、ホルモン療法だけでも良いですよということです。高リスクになると、抗がん剤治療が必要ということになります。
HER2陽性の場合、全てにT(トラスツズマブ)が入っているので、状況に関係なく、術後にハーセプチンを全ての患者さんにお勧めします、というのが2007年の合意事項です。
たとえばHER2陽性で、ハーセプチンはまだ使えないので使わない、と言われている方がいたとすれば、場合によっては無理をしてでも使った方がよいということもあります。
日本では、ハーセプチンは再発治療でしか未だ認められていません。保険承認が多分11月位には下りると思いますが、HER2強陽性で、特にハイリスクの場合には、術後ハーセプチン治療を受けた方が良いと思います。


転移再発後の治療

転移再発後の治療は、最初から治癒を望むものではない。ただ治癒出来ないと言っているわけではありません。最初から治癒を目指すということではなく、治療の計画としてまず「QOLの改善を目指す」というのが第一の目標になります。
再発と転移というのは皆さん方は分かっていらっしゃると思いますが、一般の国民の中には乳がんの再発はお乳の中にだけ出来たものを再発といい、肺に出来たものを間違って肺がんと呼んだりする事があります。当然の事ながら肺に転移がでた場合には乳がんと呼びます。

<再発の早期発見は意味があるか>
では、再発を早く見つけた方が良いでしょうか?というと答えはノーです。たとえば私は月に一回腫瘍マーカーを測っています、半年に一回PET(陽電子放射断層撮影)をやった方が良いと言われましたとか、CTを6ヶ月毎にやっています、骨シンチを1年に一回やっています、という方が大部分だと思いますが、それは本当の事をいうと結構無駄なことです。ただ無駄でない場合もいくつかあるのでそれをこれからお話しします。
たとえば腰の骨に転移があって腰が痛いとか、肺に転移があって少し咳が出て来るというような症状が発現したらその症状を和らげる、というのが再発後の治療の目的です。
もう少し拡大させて、その症状が出る時期を先送りする、なるべく出ないようにするというのも再発後の治療の目的の一つではあります。
再発を早く見つけてもそれは再発後の寿命が延びるわけではありません。たとえば腫瘍マーカーCA15-3が少し高くなりました、早く見つけたので早く治療をしましょうといっても寿命が延びるわけではなくて、生存期間が集計上、手前に延びてくるので、延長しているように見えるだけです。こういう話を聞くと暗い気持ちになるかも知れません。
ただ、検査をする事に意味があるとすれば、腫瘍マーカーを調べて正常でしたといえば安心はします。腫瘍マーカー、CEAというのは非特異的にがんとは関係なく(糖尿病の人、タバコを吸う人)上がったり下がったりする事がありますし、実際に腫瘍マーカーが、がんで上がる場合にも0.1や0.2の変動は誤差範囲ということもあります。ですから腫瘍マーカーをしょっちゅう調べて一喜一憂するのは、かえって心配の種が増えてしまって体に良くありません。そんなのは放っておいた方が良いと思うことが多いです。
さらにPET検査。これもPET神話があって、PETで早く転移を見つけて、早く治療をしましょうという話がありますが、それは間違いです。術後の再発を見つける意味でのPET検査は、やって陰性ならば安心するかも知れませんが、意味がないのでお金も掛かるしあまりやらない方が良いです。
PETの検査機器を高額で導入し、元を取らなければいけないので、どんどんPET検査を進めていますが、あまりPETを信じない方が良いと思います。その他の画像診断も、たとえばCTをしょっちゅうやったら被曝するというマイナスの面もあるので、あまりやらない方が良いという感じはします。

再発後の治療というのは、再発がはっきりした段階で治療に取り組みますが、具体的な取り組み方は、慢性的な疾患の取り組みになります。初期治療というのは完全治癒を目指して薬の投与量も加減しないでやっていきますが、再発後の治療は症状を和らげる、副作用がなるべく出ないような形でつないでいくという事で、根気がいる治療になります。
日常生活をいかに再発前と同じように送っていくか、というのが治療の目的です。

<転移性乳がん患者の予後>
再発したらなかなか治癒はしないとお話ししましたが、その根拠となるのが次のデータです。
これは国立がんセンターで私が米国から戻ってすぐにデータを集めて1988年から5年間で、再発治療を受けた患者さんの10年後のフォローアップになります。このデータで見ると、再発が診断されてから50%の方が亡くなるまでの期間、これが28ヶ月です。再発と診断が下されてから、私の余命はどれくらいですか?と聞かれることがありますが、その時に不用意な医師は28ヶ月ですとこのデータを基に話をします。すると、余命28ヶ月と聞いた瞬間にカウントダウンを始めてしまう患者さんがいらっしゃいます。
再発後、治癒はしないけれど5年間生存している方は22%、10年間生存している方は7%です。これは1988年〜1993年までに再発が診断されて、この時、利用できた治療方法で治療した患者さんの予後です。この当時はハーセプチンなどありません。それからホルモン療法もタモキシフェンだけです。抗がん剤もアドリアマイシン、エンドキサン、5−FUくらいでした。ですから今とは治療の内容が全く異なります。
このデータにはポイントが2つあって、一点目は、再発された方の50%の生存期間が28ヶ月だからといって、余命28ヶ月ですという答えは間違いです。なかには再発してからもっと短い期間で亡くなった方も現実としていらっしゃいますし、もっと長く病気と共に生きている方もいらっしゃいます。二点目は10年前、治療を受けた患者さんの予後なので、今の治療と治療内容はかなり異なるという点です。
その実感として、95年くらいから我々国立がんセンターと東海大学の徳田先生とハーセプチンの臨床試験を始めました。ハーセプチンの臨床試験に参加してくれた患者さんの中で、ハーセプチンをやめて腫瘍も消え、あの人はもう治ったかなという患者さんが何人かいらっしゃいます。ですからハーセプチン導入後の今はだいぶ地図が変わってきているし、ホルモン剤も当時から比べれば利用できる薬剤の数も4倍くらい増えてきています。

<乳がん診療の進め方 転移・再発後の治療>
再発後の治療というのも、ターゲットに基づいて治療をしていきます。まず局所再発の場合と遠隔転移が出た場合は取り組みが多少違います。
局所再発で、温存術後の再発の場合は原則として乳房切除を行い、必要に応じて全身治療を行います。たとえば局所再発してホルモン受容体が陽性の場合には、術後にさらに全身的なホルモン療法を加えるなどのやり方があります。
遠隔転移が出た場合には、術後のホルモン療法との兼ね合いがどうだろうかということもありますが、まずホルモン感受性があるかどうか、転移臓器がどういうところなのかということによって、ホルモン療法か、抗がん剤治療かに分かれていきます。そして、ホルモン療法が効く可能性がある場合には、なるべくホルモン療法をしぶとく続けていきます。 
ホルモン療法が最初から効かないタイプ、あるいはホルモン療法をやってきて効果がなくなった場合には、抗がん剤治療を考えます。
その場合にHER2が陽性ならば、トラスツズマブだけ、あるいはトラスツズマブにタキソールなどの抗がん剤を組み合わせて行います。

<転移性乳がんの薬物療法>
 転移性乳がんの薬物療法では、次のようなお薬が使われています。
(ホルモン剤)
以前からあるのが抗エストロゲン剤、一般名で言うとタモキシフェンで、商品名では一番古くからあるのがノルバデックスです。アロマターゼ阻害剤として、フェマーラ、アリミデックス、アロマシンなど、閉経前の卵巣機能抑制剤として、リュープリン、ゾラデックス、プロゲステロン製剤として、ヒスロンHというのがあります。
最近はアロマターゼ阻害剤が注目されていているので、ヒスロンHが使われる機会が少なくなって来ていますが、ノルバデックスが1番バッター、次にアロマターゼ阻害剤を使った場合には、3番バッターとしてヒスロンHというのは非常に重要な治療薬です。
(抗がん剤)
アドリアマイシン、タキソール、タキソテール、ナベルビン、ジェムザール、ゼローダ、エピルビシン、メソトレキサート、テガフールなどいろいろあります。この中で、ジェムザールというのはまだ乳がんでは承認されていませんが、これも副作用が少なく、脱毛がなく、長期間に渡ってかなり効力を発揮する薬剤なので、今後使えるようになってくれば抗がん剤治療も結構色々な種類があります。
(抗体)
ハーセプチンは今HER2陽性の人に使われています。アバスチンという血管新生阻害剤が6月に大腸がんで承認され、乳がんでも効果があることが分かっているのでそのうち使えるようになるでしょう。アービタックスというハーセプチンの親戚みたいなものもあります。
(その他)
ハーセプチンと同じHER2陽性に対して、飲み薬でラパチニブというのもあります。抗体とかその他の系統の新しいお薬が、今後数多く出て来ます。
いかに治療をしぶとく、しつこく、諦めずに、根気よく続けていくかということが再発後の治療では結構重要な取り組みになります。
私が乳がん治療に入ってきたのが1980年代ですが、とにかく80年代の治療とは大きくがらりと、まったく様変わりしていて、有効性の高い色々なお薬も出て来ているし、何よりも乳がんの生物学的な特徴が明らかになってきているので、その生物学的な特徴に合わせた治療というのが今、主流になってきています。

<転移性乳がん治療の原則・化学療法で症状を緩和させることだってある>
ターミナルケアというときに、抗がん剤治療はいっさいやめるかというと、そうではなく、抗がん剤治療を上手に行いながら、症状をとっていくという事も出来ます。
とても印象に残っている患者さんで、34歳の若い方で、1999年に私が国立がんセンターにいたときに受診されました。
1995年30歳の時に乳がんの手術をしています。ステージVAの乳がんで、術後補助化学療法を行いました。そして3年後に鎖骨上リンパ節転移が出現し、化学療法をやりました。その次に肺と骨に転移が出て、化学療法ナンバー2をやりました。骨転移が悪くなって痛みが出て来たので放射線照射を行いました。胸水が両方にあり、リンパ管性の肺転移があって息が苦しくなり、呼吸困難、がん性疼痛、ということでストレッチャーに乗って寝たきりの状態で国立がんセンターの外来を受診されました。それが1999年の1月の事でした。
この患者さんは非常にしっかりしたお考えを持っていて、3月17日にご長男の卒園式があるので是非出席したい。今かかっている群馬県の病院では卒園式まで持たないと言われた。もし治療があって卒園式に出られるのならば、私は国立がんセンターで治療を受けたい。というご希望があって受診されました。
私が外来を担当したのですが、まず胸水を抜けば少し息は楽になるだろうと思う。抗がん剤治療は可能だが、効果が出るかどうかやってみないと分からないけれどもチャレンジしてみましょうということになりました。この時にはまだタキソールが承認されていませんでしたが、我々はいろいろな治験でタキソールの使用経験があったのと、この患者さんが入院したときに、タキソールを米国で開発した、アンディー・サイドマンというドクターががんセンターを訪れていたので、回診してもらいました。
週一回のタキソールをやったらいいのではないかという話でしたが、ただ乳がんで承認されていないし、ウィークリーの投与方法も未だ我々もやったことはないと話をしたら、こうやれば大丈夫だからと詳しく教えてもらい、週一回のタキソールをやりました。
しかし、状態がかなり悪く息が苦しい、腫瘍マーカーもCEAが570、10日後には1218、抗がん剤治療をやっていても、一時的に上昇しました。血液中の酸素が100点満点で入院時は44.8点しかありませんでした。酸素を吸っても一週間後に80点くらいまで上がりましたが、同時に体から排出されなければいけない炭酸ガスが普通は40くらいの所、87まで上がってしまい、肺の呼吸の「ふいご」の働きが落ちてしまいました。
この時点でご家族に回復の可能性はちょっと乏しいかも知れない、けれどもやれるだけのことはやってみましょうということで、タキソールを続けていきました。するとデータに現れる以上に患者さんの状態が良くなってきました。息が楽になってきて、ご飯も食べるようになり、廊下も歩くようになってきて、外泊もして退院することが出来、希望の卒園式には出席することが出来ました。
そして4月5日の入学式にも参列する事が出来ましたが、この状況では長くは治療効果が続かなく、5月の連休中に群馬に帰りたいということで、群馬の病院と連絡を取りながら治療をしていましたが、連休明けに亡くなりました。
この患者さんにとっては、延命の期間は2〜3ヶ月くらいで2ヶ月間延命してどういう意味があるのかと聞かれるかも知れませんが、彼女にとっては目標が達成出来たわけです。

抗がん剤治療は副作用ばかり強調されますが、我々専門家が上手にやれば、術後の治療、再発後の治療、そして終末期の状況での抗がん剤治療というのもやっぱり「一日の長」があるというか、「餅は餅屋」というか、野菜を買うのに肉屋では買えません、ですから抗がん剤治療をやりたいという場合には,腫瘍内科医にゆだねると、ちょっとうまいのではないかなという自負があります。
今、抗がん剤治療を担当している腫瘍内科医は未だそれほど数は多くないので、腫瘍内科医を育成するということと、それから現実に乳がん診療に係わっている乳腺外科、乳腺科の先生はかなりレベルが高いですが、消一君レベルの先生の中にも、講演などで全国を回っているとやる気のある消一君がいます。やる気のある消一君にこつを色々教えると、メールなどでこういうときはどうしたら良いかと質問してくる先生が増えてきました。そういう先生達が消一君をやめて、乳腺科になりますとか、乳腺外科になりますというふうに、今レベルがどんどん上がってきているところです。
皆さん方もそれぞれのお立場でいろいろな状況だろうと思います。再発している方もいらっしゃるかも知れませんが、桑田選手のようにしぶとく取り組んでいけば、結構良い結果が出てきます。
ですから焦ってはいけない、あわててはいけない。状況をしっかり見極めて、そして抗がん剤治療1回目は効きました、あるいはホルモン剤治療は今までは効果があった、けれども効かなくなった、ではどうしようかという時に諦めずに、しぶとく次の手だてとしてどういうものがあるだろうかということを、みみっちく、しぶとく考えていけば結構うまいことやっていけるということなのです。
どうか皆さん方も、それぞれの状況に合わせて、「焦らず、あわてず、諦めず」ということで取り組んで頂きたいと思います。以上です。 
                         (テープ起こし:重田 洋子)

注)渡辺先生をご紹介下さいました梅村しのぶ先生(東海大学医学部病理診断学准教授)が
当日おいでになっていましたので、一部、質問にお答え下さいました。 






© Akebonokai. All rights reserved.